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意味と人間知性の民俗認知経済学  新刊

「トランス・サイエンス時代」への教訓を求めて

意味と人間知性の民俗認知経済学
著者 中込 正樹
ジャンル 経済学
出版年月日 2018/03/31
ISBN 9784862852724
判型・ページ数 菊判・368ページ
定価 本体6,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

  第 I 部

第1章 意味の研究
 第1節 本書の経緯
 第2節 意味を創り出す行為とその社会的機能

第2章 「科学」に依拠しない知性の民俗認知経済学――トランス・サイエンス時代への教訓を求めて
 第1節 序
 第2節 科学至上主義を超えて
 第3節 大ピア・コミュニティの理念と問題点
 第4節 等身大の科学と集合知の可能性
 第5節 センスメーキングと意味の多様性の縮減
 第6節 物語を語る人間知性
 第7節 日本的雑種文化における多様性の促進と縮減
 第8節 江戸時代の外来文化の摂取事例研究
 第9節 まとめ

  第 II 部

第3章 生業の行動経済学は可能か
 第1節 序
 第2節 行動経済学による従来の生業分析
 第3節 民俗学が明らかにしてきた生業の特性
 第4節 生業における「生きる」ことと「仕事」の意味
 第5節 公的空間の中の生業
 第6節 「ともに生きる業(わざ)」としての生業
 第7節 新たな生業分析へ

第4章 環境リスクと生業の民俗認知経済学
 第1節 序
 第2節 危機にさらされてきた厳しい生活の歴史
 第3節 環境リスクとともに生きた人びとの民俗
 第4節 生業のかたち――複合生業について
 第5節 「遊び仕事」――環境リスクと複合生業の知恵(1)
 第6節 志向する心と強い覚醒度――環境リスクと複合生業の知恵(2)
 第7節 まとめ

第5章 農具を発達させた転用の知恵――生業用民具の民俗認知経済学
 第1節 序
 第2節 備中鍬の発明
 第3節 千歯扱きの発明
 第4節 土掏臼と木掏臼の改良
 第5節 農具から祭祀用具への転用
 第6節 明治以降の農具の工夫
 第7節 道具とは何か――道具のアフォーダンスと人間の知恵
 第8節 なぜ転用の知恵は可能だったか
 第9節 まとめ

第6章 ともに働く人びとの自己拡大とアフォーダンス知覚の実験――「世界が新しく見えてくるとき」
 第1節 実験の目的と意義
 第2節 実験方法と実験タスク
 第3節 実験結果とその含意(1)
 第4節 実験結果とその含意(2)
 第5節 まとめ

  第 III 部

第7章 旅と行商がもたらした「身体的知恵」をめぐって
 第1節 序
 第2節 歴史の中の行商人群像
 第3節 近江商人の行商と経済活動
 第4節 経験を通じた「身体的知恵」の民俗認知経済学
 第5節 江戸時代の石門心学の意義と限界
 第6節 旅の民俗学的意味――社会変動論の視点から
 第7節 まとめ

第8章「生きる達人」になる知恵のフォークロア――娑婆世界における和楽・和食と民俗認知経済学の展開
 第1節 序
 第2節 貝原益軒『楽訓』が示した「生きる達人」への道
 第3節 心理的時間論からの再検討
 第4節 季節を楽しみ,書を楽しむ心――和楽の実践
 第5節 食を楽しむ心――「一期一会」の和食の知恵と時間論
 第6節 見えてくるもの――人間学としての経済学

第9章 歴史民俗学的な視点からの心理的時間論の実験――貝原益軒「心理的長寿」の認知科学的・脳科学的実験による再検討
 第1節 序
 第2節 実験の目的と意義
 第3節 実験方法と実験タスク
 第4節 実験結果とその含意(1)
 第5節 実験結果とその含意(2)
 第6節 まとめ

結び
参考文献
索引

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内容説明

われわれは科学に期待し「科学に依存した社会」を創り上げてきたが,ますます深刻化する社会問題に苦しんでいる。単なる「科学至上主義」ではこの危機を乗り越えることはできない。「トランス・サイエンスの時代」が到来したのである。しかし「科学に依存した社会」を超えて先に進むためには,どうやったらよいのだろうか。本書では,それへの教訓を求めて歴史民俗の世界へ目を向ける。われわれの先人たちは,科学的知識も医学的知識も不十分な時代において,それでも「科学以外の人間の知性」を発揮して生き抜いてきた。その生きるための知性は,意味を創りそれを伝承し活用する行為,つまりセンスメーキングの行為によって実践されてきた。本書では,ブルーナーやワイクの議論を出発点としつつ,歴史民俗の実際の諸事例を検討し,センスメーキングの行為が具体的にどのようにして「科学以外の人間の知性」の発揮を可能にしたのかを明らかにする。「トランス・サイエンスの時代」への備えを提示する「経世済民の学」をめざすともに,経済学は「合理的個人という人間像を出発点として公理論的な科学として展開されねばならない」という「科学至上主義」の学問観に対しても挑戦する画期作となっている。

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