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フッサールにおける超越論的経験

フッサールにおける超越論的経験
著者 中山 純一
ジャンル 哲学・思想 > 現象学
出版年月日 2013/12/25
ISBN 9784862851680
判型・ページ数 A5・256ページ
定価 本体4,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序論 フッサールにおける〈超越論的経験〉という問題系
第一節 フッサール現象学における〈超越論的経験〉への視座
カントの超越論性/フッサールの超越論性
第二節 ドゥルーズの「超越論的経験論」とは何か
ドゥルーズによるカント読解/ドゥルーズの「超越論的経験論」/フッサールの〈超越論的経験〉の諸特質
第三節 本書の方法
〈方法〉と〈事象〉の相即的運動/ハイデガー『存在と時間』第七節における現象学者の方法/本書の方法
第四節 本書の構成

第Ⅰ部 現象学的〈方法〉の転回へ――フッサール現象学の転回点としての受動性
第一章 発生的現象学の〈方法〉の制約性―受動性概念の批判的検討を通じて
第一節 発生的現象学の課題
第二節 発生的現象学の〈方法〉――脱構築と再構成
脱構築と再構成の関係/抽象化的反省としての脱構築
第三節 受動性概念の多義性
受容性と受動性/綜合の受動性/没自我的な受動性/流れの受動性
第四節 結び

第二章 発生的現象学の〈事象〉の両義性
第一節 内的時間意識分析における絶対的意識の両義性
絶対的意識の提示/『時間講義』補完テキストNr.54における絶対的意識
第二節 原意識の両義性―与件の先現象性と体験の前現象性
与件を原的に意識する原意識/前現象的体験としての原意識
第三節 『ベルナウ草稿』における原プロセスの両義性
第四節 結び

第三章 後期フッサール思惟における受動性の問題
第一節 連合と原連合
第二節 意識流の即自存在の構成
第三節 生ける現在と原受動性の問題
受動的綜合における受動的志向性の働き/受動的綜合における衝動志向性の働き/原受動性としての絶対的時間化の解釈
第四節 結び

第四章 「生の現象学」の〈方法〉と〈事象〉
第一節 非志向的で徹底化された「生の現象学」とは何か
「生の現象学」の課題と〈方法〉/アンリによるフッサールの受動性批判
第二節 フッサールからの応答
『受動的綜合』の課題と分析内実の乖離/フッサール発生的現象学の「生の現象学」的解釈
第三節 「生の現象学」の批判的検討
アンリ的生の制限性/キネステーゼ的能力可能性としての内在
第四節 結び

第五章 発生的現象学の実践的転回
第一節 受動的生の実践的転回の試み
受動的生の実践的転回の動機づけ/触発の価値論的解釈
第二節 フッサール倫理思想における志向性の実践的役割
受動的志向性の実践哲学的解釈/感情道徳学派に対するフッサールの評価
第三節 愛の現象学
愛の志向的性格の独自性/愛の価値発見的作用――シェーラーの「愛―憎の現象学」/フッサール人間学における愛の問題
第四節 結び

第Ⅱ部 現象学的〈方法〉の転回から――「超越論的経験論」としてのフッサール現象学
第六章 現象学的な自己批判の方法的意義――反省から活動性の自己直観へ
第一節 発生的現象学,「生の現象学」,発生的現象学の実践的転回の試みに対する,本書の立場
第二節 本章で問題となる場面の設定
第三節 「生ける現在」の多義性
第四節 「生ける現在」の謎とは何か
第五節 『C草稿』における現象学的〈方法〉の転回
現象学的〈方法〉としての「内的意識」/『C草稿』における時間化の問題/『C草稿』における「現象学する私」の問題
第六節 フッサールによる現象学の自己批判の試み
繰り返される素朴性の克服/「必証的還元」と〈超越論的経験〉
第七節 結び

第七章 現象学的思惟の事実性の根拠づけとしての世間化
第一節 フィンクの「超越論的素朴性」
第二節 現象学の自己関係性
第三節 Zuschauer をめぐるフッサール――フィンク問題
第四節 第二次的世界化(世間化)
第五節 結び

第八章 「超越論的経験論」としてのフッサール現象学
第一節 現象学における〈超越論的経験〉
「超越論的なものの経験」としての〈超越論的経験〉/フッサールの還元における超越論的なもの/フッサールの〈超越論的経験〉/『第六省察』における〈超越論的/現象学的経験〉
第二節 受動的綜合をめぐるフッサール―ドゥルーズ問題
超越論的感性論としての『受動的総合』/ドゥルーズの「超越論的経験論」における受動的綜合
第三節 「超越論的経験論」としてのフッサール現象学
『デカルト的省察』における省察の歩みと〈ハビトゥス〉/超越論的概念としての〈ハビトゥス〉/フッサールの「受動的習慣性」/フッサールの〈ハビトゥス〉/省察の歩みにおける「習慣性」
第四節 結び 「超越論的経験論」としてのフッサール現象学の可能性

あとがき/文献表/索引

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内容説明

フッサールの「現象学すること」に即して現象学的方法を彫琢し,現象学者にとって思惟の自己変貌の経験構造を「超越論的経験論」として解釈することにより,現象学の分析主題となることを明らかにする。
フッサールはカントの超越論哲学における認識論の構造を批判的に解体し自らの哲学的立場を形成した。彼がカントから継承し,カントとは異なる概念として提示したのが超越論性であった。カントにおける超越論性は,経験に依拠せずに純粋に理性からのみ獲得しうる,アプリオリな認識の領域に設定された。
現象学における経験の構造解明は感性的経験として確認される。フッサールの感性的経験はカントの受容性としての感性とは異なり,先自我的な意識層において感性的与件を構造化しつつ,独自の綜合的役割を担う。その感性独自の綜合機能という意識の原事実において,発生的現象学による分析を通して,先自我的な感性的経験におけるヒュレーの生成と,自己意識の発生的起源が明らかにされる。フッサールの超越論性は感性的な経験に根ざした「生活世界のアプリオリ」であり,現象学者が自己意識の発生を問うことが,超越論的なものの発生を問うことになることが解明される。

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